第2章 現代社会と人間生活


5 現代社会と人間生活
(1) 現代社会の特徴
■ 現代社会の特徴
 現代社会の特徴を表すいくつかの言葉がある。産業社会、管理社会、大衆社会、情報化社会、ボーダレス社会などであり、現代は確かに様々な特徴を持つ。しかしその流れを一言で言えば、情報化と国際化だろう。より正確に言えば、情報も文化も経済もとっくに国際化しボーダレス化しつつあるのに、政治が依然として国家国益から抜け出せないという矛盾こそ現代社会の特徴だろう。
 産業革命以来の大量生産・大量消費の産業社会が地球環境破壊をもたらしたように、近代国民国家そのものも歴史の進歩に対して桎梏に転化する可能性がある。それを今一番自覚しているのは地域統合が進むEU加盟諸国やASEAN諸国であるだろう。
■ 産業社会
 産業革命以来の技術革新により高度に工業化された社会を産業社会という。18世紀の後半にイギリスで始まった産業革命は、人間の手と道具による手工業生産から、機械による大量生産へと移行させた。19世紀の後半には電気という新しいエネルギーが登場し、産業社会を飛躍的に発展させた。やがて20世紀の初頭には流れ作業によって均質製品を大量生産できるようになり、続いて第二次大戦中から戦後にかけては機械操作の自動化、つまりオートメーションによって機械の操作や制御も行えるようになった。こうして生産の主役は機械に移り、人間は機械の番人に過ぎない存在になった。しかし、この技術革新は同時に生産コストを引き下げ、安価な製品を大量生産できるようにした。そして今まで手の届かなかった一般大衆にも製品が普及するようになった。こうして大量消費が可能となり、人々は便利で快適な生活を手にしたが、その裏側で進んだのが公害や環境破壊であった。大量生産・大量消費の産業社会を導いた近代科学は、地球や資源の有限性を自覚できない限界をそもそも持っていた。
■ 管理社会
 大量生産・大量消費の産業社会は企業組織の巨大化、国家の肥大化をもたらした。巨大化した組織は効率的な運営・管理をするために中央集権的な命令系統をもつようになり、各成員は組織内の自己の地位・職責に基づいて、限定された役割と行動を要求されるようになる。これを官僚制と呼ぶが、成員の人格や人間性は無視され、組織の歯車であることを強制される。これが管理社会である。そこではしだいに規則万能・責任回避・秘密主義・事なかれ主義が蔓延し、組織自身の腐敗が進むことになる。組織は自動機械ではなく、それを動かすのは人間であり、各人の主体性や創造性をいかに組織の中で生かすのかが、今や大きな問題となっている。中央集権から分権へ、上意下達型組織からネットワーク型組織へと、現代社会は試行錯誤中であるが、それを可能にしたのが電子工学の発展とコンピューターなど双方向のニューメディアの普及であった。
■ マスコミと大衆社会
 大量生産・大量消費の産業社会は、消費生活の類似化を通して生活様式の均質化・画一化をもたらした。また管理社会の進行によって人々は「孤独な群衆」となり、個性の喪失、無力感、政治的無関心や現実からの逃避などの「自己疎外」も顕著となる。それに拍車をかけたのが、マス‐コミュニケーション(大量伝達)の目さましい発達である。今日、テレビ・新聞・ラジオ・雑誌・映画などマスメディアの情報の網の目は、地球の隅々にまで及んでいる。マスコミは権力者の情報の独占を防ぐ民主政治にとって不可欠な存在であるばかりでなく、マスコミの役割は報道と論評・教育・芸術・娯楽・広告など国民生活のあらゆる面に及んでおり、マスコミなくして社会生活は成り立たないと言ってもいい。マスコミの特徴として次のような点が挙げられる。
  1 送り手は通常大規模に組織された集団である、
  2 機械的・技術的手段で情報を大量に複製する、
  3 情報を分散した不特定多数の受け手に伝達する、
  4 送り手と受け手の役割分化がはっきりしている、
  5 情報の流れは、送り手から受け手へと一方的である。
 問題はマスコミの報道は送り手が自己の判断で取捨選択したものを流すので、事実そのものではないということである。また、広告主を獲得するためにも、高い視聴率や読者を得ることが求められ、内容が画一化したり、低俗化したり、時にはセンセーショナリズム(扇情主義)に流れることもある。時には権力者の世論操作の道具にされる危険もある。そのいい例が、湾岸戦争で流された「原油まみれの海鳥」の写真である。米軍は厳しい報道管制を敷いたが、アメリカがイラクが多国籍軍の上陸を妨げるためにとった卑劣な環境テロだとして流した「原油まみれの海鳥」の写真は、その後の日本のテレビの取材によって、大量の原油の流出もとは、米軍機が誤爆したクエートの石油精製工場の原油タンクである可能性が高くなった。「言論の自由の保障」と「報道者の倫理確立」なくして公正な報道もないことがこのことからもわかる。
(2) IT革命と情報化社会
■ IT革命と情報化社会の到来
 工業化社会では物とエネルギーが社会を動かす最も重要な物と考えられてきた。しかし、物とエネルギーも人間の意思の伝達、つまり情報によって動く。そして、物財、すなわち、物や、資産、資本などの財力にかわって、知識や情報こそ社会を動かす主役だと考えられるようになってきた。こうした段階に達した社会を情報化社会という。
 その背景にあるのはエレクトニクス(電子工学)技術の発達であり、ファクシミリ、衛星放送、インターネットなどのニューメディア(新しい伝達手段)の急速な普及がある。これらインターネット、通信、コンピュータなど情報に関する技術IT(情報技術)と呼ぶが、この目覚ましいIT革命(情報技術革命)の進展に伴って、21世紀の初頭にはコンピューターや携帯電話などの情報機器と光ファイバーによる通信回線を通信網を使って、見たいときに見たい映画や番組を呼び出して見るビデオ-オン-デマンドや、ホームショッピング、在宅学習、在宅勤務、在宅医療、テレビ電話なども実現すると言われている。この通信,放送といった異なったサービス形態を融合して音声、データ、画像をデジタルで高速に送受信する仕組みをマルチメディアと呼んでいる。
■ 社会発展説と情報化社会
【 社会発展説と情報化社会】
 人類は最初の生産手段として農耕技術を手にし、田畑を耕す農業化社会を形成した。ついで産業革命によって、工場生産による豊富な物財を手にする工業化社会への発展を成し遂げた。そしてコンピュータや、電話、テレビ放送などの電気通信技術の発展で、情報を主体とする新しい社会、すなわち情報革命と情報技術による情報化社会に移行するというものである。この考えは、1960年代初めに、W・ロストウ、D・ベルなど多くの社会経済学者、更にアメリカの未来学者トフラーによって提唱されていた。当時は新しい第三の社会のことを脱工業化社会と定義していた。 そのころ日本では、梅棹忠夫が「情報産業論」を発表し、大反響をよんだ。ついで香山健一が「情報社会論序説」を発表し、日本では情報産業という新産業形態の定義が確立し、脱工業化社会とは情報化社会であるとの観念が定着した。アメリカで脱工業化社会が情報化社会として再定義されたのは、70年代後半になってからであった。
 これらの日本の学界の新説発表に呼応して、日本政府は70年代に通商産業政策として、それまでの鉄鋼や石油化学などの重化学工業育成重視の産業政策ではなく、知識集約型産業構造への転換を打ち出した。それは資源輸入国である日本が、どこの先進国よりも石油危機の事態を深刻に受け止めたからである。その成果として、コンピュータ技術ではまだまだアメリカに及ばないものも、自動車やカラーテレビジョン、あるいはホームVTRの分野で国際競争力の強い製品の生産に1970年代後半から成功し、80年代初めには世界市場を制覇するに至った。またLSI(大規模集積回路)や超LSIの分野でも、世界のトップをいくアメリカの実力にほぼ伯仲するまでになっている。
 日本の製造業は省エネルギー・知識集約・IT導入という点では先進工業国のなかでもトップ水準にあるが、市民生活など社会分野での情報化社会への移行については、日本は現在その入口にいるといわれている。
【 情報化社会と生活】
 情報化社会で人々の生活がどう変化するか。トフラーは著書『第三の波』(1980)で、エレクトロニック・オフィス(電子化事務所)とエレクトロニック・コテージ(電子化家庭)という新しい概念を語っている。電子化事務所というのは、オフィスオートメーション(OA)化された職場のことで、企業情報が各種のコンピュータや情報機器によってシステム化されている。また電子化家庭は、同じく家庭もまた電子情報化されていることをさす。その間を高性能な通信線で結べば、人々はもはやオフィス・ワークを必要とせず、家庭にいながらにして会社の仕事ができるというのである。トフラーはこれを在宅勤務と定義している。
 また、家庭の情報機器を駆使して商品カタログや商品情報をビデオ情報として取り寄せ、買い物発注もできるテレショッピングはすでに実現している。そのほか医療相談などの案内コンサルティング・サービスをはじめとする各種の生活情報化への活用も進むだろう。現にインターネット、通信、コンピュータなど情報に関する技術に普及と、物づくりの現場で進むITを活用した技術革新は、従来型の企業のあり方を一変させつつある。最大の変化は、デジタル技術を使ってネットワークにつなぐことで、瞬時に空間を越えた大量の一体作業が可能になるということである。携帯端末とネット機能を使えば、会社や工場のあり方は従来のままである必要はない。家にいながらにして買い物や株取引ができ、高速道路からは事故や渋滞がなくなり、通勤ラッシュはいずれ死語になる日も近いだろう。また、情報家電・機器の普及は人々の生活のあり方も変え始めた。この変化は家庭や地域社会、都市や国のあり方にまで波及する可能性を秘めていると言う。いずれにせよ、このIT革命は、産業革命以来の世界規模の経済・社会構造の大改革をもたらすことになる。
 こう考えると、情報化社会はまさに理想郷であるが、その背後には、やはり落し穴があることに留意しておかなければならない。産業革命以来の工業社会が環境破壊と核兵器を生み出したように、IT革命がその反面でなにを生み出すのか、まだ誰も知らないのである。この情報化やIT革命がほんとうに人類の福利向上や幸せにつながるのかどうか、一人一人が生き生きと社会参加できる社会になるために使われるのかどうか、それを決めるのは情報や情報技術そのものではなく、それを使う人間でああろう。
■ IT革命の光と陰
【 IT革命とコミュニケーションの変化 】
 IT革命はコミュニケーションのパターンを変える。先ず従来のマス-メディアを通じての情報の一方的な流れから、ネットワーク型の双方向のものになっていく。それはある意味では直接相手に話しかける会話のようなパーソナル-コミュニケーションに近づくことでもある。
 例えば、不良商品があれば市民から抗議のメールが企業に殺到するように、個人も自分の意見を国家や企業に伝える手段を手に入れることによって、一種の直接民主主義が育ちつつある。これは国家・企業も情報を独占し、そのことによって末端の市民や消費者の行動をコントロールすることを不可能にする。インターネットを通して市民やNGOが横につながる自発的ネットワークの形成は、国家・企業の従来からの縦型のヒエラルキーと対抗し始め、確実に分権化を推し進めていくことになるだろう。
 しかし、一方で指摘されているのは、子供は部屋に閉じこもってゲームに熱中し、親子の会話がなくなるとか、人と人の直接のコミュニケーションを疎んじ、メールによる表面的なつきあいに流れるなど、全人格的な人と人の交流が希薄になる現象も指摘されていることである。現に日本の若者の間では電話から電子メールへとコミュニケーションの中心は移りつつある。様々なホームページの出会いサイトで知り合って「メル友」となり、顔も知らぬまま遠距離恋愛をしたりと、確実にパーソナル-コミュニケーションも変化させつつある。
 例えば、IT革命の先頭を切っていたアメリカでは、市民モラルの低下と犯罪の急速な増加、家族のつながりの崩壊と離婚や婚外子の増加として現れているし、インターネット先進国である北欧では産まれてくる子の半分が婚外子であるとも報告されている。その要因はIT革命だけによるものではないだろうが、IT革命が人間の心理にまで影響を及ぼすことは間違いなく、「情」と「報」が分離する傾向が情報社会には存在している。
【 IT革命と産業社会の変化 】
 IT革命はミュニケーションのパターンを変えることを通して、経済・社会構造の大改革をもたらすことになる。特にeコマース(電子商取引)は企業と消費者が直接結びくシステムであるが、電子商取引の普及によって、流通部門も企業組織も大きく変わる可能性がある。また経済だけではなく、政治・行政、福祉、教育、地域コミュニティなどさまざまな分野でインターネットを基盤にした知識社会の発展も十分ありえるだろう。
 このIT革命は、100年、いや200年に一度の世界規模の経済・社会構造の大改革をもたらすことになる。また、消費者はインターネットで海外のマーケットと直接結びつき、安くてよい品があれば購入すこともできるようになるため、グローバル市場経済を一層発展させていく。
 eコマースはその利便性と低コスト化の一方で、従来型の卸業や小売り店など中間にある流通業界を淘汰し始める。企業経営で見れば、経営トップは直接消費者と結びつき、顧客ニーズに対応できるようになるため、縦型の非効率な意志決定のしくみが障害となり、会社組織を経営直結型のネットワーク組織への改変をもたらす。つまり従来の中間管理職を不要とし始める。また情報技術力の格差がそのまま収入の格差につながっていくばかりか、ITへの対応が困難な中高年労働者層を企業は不要とし始める。これは新しい雇用創出に失敗すれば、深刻な失業問題を引き起こすことを意味している。
 このIT革命に伴う経済・社会構造の大改革を「創造的破壊」と呼ぶ学者がいる。創造的かどうかは移行期の痛みに耐えられるのかどうか、新しい経済・社会秩序に人々が対応できるのかどうかにかかっている。産業革命以来の科学技術の発達と大量生産・大量消費社会が、これほどの環境破壊を伴うことを当時予想することはできなかったのと同様に、IT革命が人間と人間社会の及ぼす影響についても、まだわかってはいないのが実状である。日本ではIT革命の本格的展開も、旧社会の崩壊も始まったばかりである。
【 情報化社会とプライバシーの保護 】
 コンピューターに侵入してデータを破壊したり、ウイルスをまきちらしたりするサイバーテロ、、銀行カードの偽造や個人情報の企業への流出などプライバシーの保護に関わる事件が頻発している。これらは匿名性が高く、何が起こるかわからないネット社会のもたらす負の側面と言えるだろう。また、今日の情報化社会は個人情報やメールの内容が外部に漏れたり、キャッシュカードの暗証番号が盗まれたり、以前にはなかった犯罪を生んでいる。また、今後、電子商取引が活発化し、電子投票も行われるようになると、サイバーセキュリティー(電脳世界の安全対策)の確立が不可欠になる。情報化社会の最大の問題はサイバーセキュリティーにあることは、世界の共通認識となっている。
 これらハイテク犯罪に対する法整備も急がれるが、法で取り締まったにせよ、実状は「いたちごっこ」であり、自ら自衛するしかないのがネット社会の現状である。
【 IT革命と南北格差の拡大 】
 九州・沖縄サミット(2000年)でも、IT革命による情報格差(デジタル・デバイド)が取り上げられるに至っている。情報技術力の格差が直接国の経済力の格差につながっていくため、南北格差の拡大が無視できない。「知的所有権」問題にしても、開発途上国の立場から見れば、技術開発力と研究開発資金で圧倒的な優位にある先進国による情報技術独占として目に映ることになる。しかも、途上国の優秀な人材の海外流出を生んでおり、先進国とその情報産業は世界中から有能な人材を集め、人材独占を進めている。
【 知的所有権と情報化社会 】
 インターネットで利用されるデジタル著作物は複製が極めて簡単になった。各ソフトや音楽作品などをCDにコピーした海賊版が安価で売られるなど、著作権侵害が後を絶たない。そのため、1996年、WIPO(世界知的所有権機構)において新たな著作権条約が2件締結された。
 1 WIPO著作権条約:主な内容は、コンピュータ・プログラムとデータベースを保護、一定の限定つきで、著作者に「頒布権(著作物を販売その他の所有権の移転を通じて公衆が入手できるようにする権利)」、「コンピュータ・プログラム、映画著作物、レコードの商業的貸与権」、「有線・無線による公衆への伝達を許諾する権利」を認める、写真著作物の保護期間を創作後25年から死後50年に延長するなどである。
 2 WIPO実演・レコード条約:実演家に対し、人格権、その録音物につき複製権・頒布権・商業的貸与権・公衆に利用可能とする権利、ライブ実演につき放送権・公衆への伝達権・(レコードなどに)固定する権利を認めた。レコード製作者に対しても録音物につき複製権・頒布権・商業的貸与権・公衆に利用可能とする権利を認めた。
【 ネット社会と情報リテラシー 】
 ネット社会でもうひとつ問題なのは、ネット上に流れている情報の信憑性である。貴重な情報も誤情報も、捏造された情報も区別なく散在しているのがこのネット情報の世界の現実である。事実、まことしやかな偽の企業情報を流し、それを信じた株主が不安を感じて株の売りに転じ、一挙にその企業の株価が暴落したという事件がアメリカで起こっている。もし誰かが敵対者や競争相手の企業への攻撃に使おうと思えば、情報は今では核兵器にも匹敵する武器になりうる。
 現代では、単にコンピューターが使えると言うことだけでなく、情報を分析し、取捨選択、評価、利用する能力(「情報リテラシー」)が何より重要となる。

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